Co je nového?
・その他のチェコ人作曲家&楽団
・ドヴォジャーク「ルサルカ」
2011年11月22日、新国立劇場
演出評価(関根日出男)
解説(関根日出男)
・新刊案内
F.J.Rybka「The Compulsion to Compose」
書評(関根日出男) |
|
|
マルチヌーは幼い頃から作曲家としての才能を示し、プラハ音楽院にヴァイオリン科の生徒として入学したものの、出席日数が足らず単位を落とし、オルガン学校に転学した挙句に退学。しかしその後パリで国際的名声を獲得し、大戦中はナチの手を逃れて渡米、クーセヴィツキーらに支えられ、交響曲などの大作を次々に発表し、初めての地で大成功を収めた。
戦後は祖国への帰国を望んだが、社会主義政権は彼の帰国を拒んだ。望郷の思いを作品に託しながら帰国の機会を伺うが、望みは叶わずスイスで死去した。
彼の死後、チェコでもマルチヌーの作曲家としての業績がようやく認められ、今日ではスメタナ、ドヴォジャーク、ヤナーチェクと並ぶ大作曲家として再評価がすすみ、2000年2月1日、
International Bohuslav Martinů society(IBMS)がベルギーにて発足、2008年1月にはInternational Martinů Circle(IMC)が正式機関としてチェコ共和国に登録されました(2005年7月発足)。
日本マルチヌー協会は、IMC会員として新たな気持ちで、マルチヌーの音楽を推進・紹介していくことになりました。チェコやスロヴァキアの音楽も今まで同様、コンサート・研究会等に加えていきたい考えています。 |
|

|
|